久喜市の地方債増加をどう捉えるべきか 〜「借金批判」だけでは見えない背景
久喜市では、基金(いわば市の貯金)の取り崩しや、地方債(借金)の増加について、メディアや一部の議員さんから批判的な声が上がっています。そして、今後予定されている市長選挙や市議会議員選挙でも、久喜市の財政状況が争点の一つとなってくることも予想されます。そこで、私なりに現在の地方債残高も含む、久喜市の財政状況をどう捉えるべきかを、最新の決算・予算資料に基づき、数字を交えて整理してみました。
久喜市の財政状況のいまを把握する
まず、令和6年度(2024年度)決算に基づく一般会計では、歳入総額が約649億8,600万円、歳出総額が約616億6,900万円となり、差し引きで約33億1,700万円の黒字でした。また、翌年度へ繰り越すべき財源を差し引いた実質収支額は約27億5,000万円となっており、単年度収支としては黒字を確保しています。
ただし、財政の健全性を把握する上では、単年度の黒字・赤字だけでなく、財政構造そのものの余力を見る必要があります。その代表的な指標が、経常収支比率です。
経常収支比率は、毎年度の経常的な支出(人件費、扶助費、公債費など)を、毎年度の経常的な収入(市税、地方交付税など)でどれだけ賄えているかを示す比率で、一般的には75〜80%程度が望ましい水準とされています。久喜市の直近の経常収支比率は約90.4%と、財政の自由度が高いとは言えない状況です。(※ただし、埼玉県内市町村の令和6年度(2024年度)の速報値では、経常収支比率の平均は95.1%に上昇するなど、全国的・県内的に硬直化が強まる傾向にあり、この状況が久喜市だけに限ったものではないということは付け加えさせていただきます。)
なお、久喜市の経常収支比率90.4%という数字は「すぐに破綻する」という状態を示すものではありません。しかし、新たな施策や突発的な支出に充てられる余力が小さくなっているという現実を示しているものでもあります。わたし自身、市の財政部の方々に財政状況について質問・ヒアリングをする中で、「財政状況はたしかに厳しい」という言葉を何度も耳にしてきました。久喜市の財政を表す言葉としては、「決して楽ではない」「たしかに厳しい」という表現が、現状に近いのではないかと感じています。
一方で、借金返済の重さを示す実質公債費比率は約4.5%と、国の早期健全化基準(25%)を大きく下回っています。今後、実質公債費比率は緩やかに増加し、R11には8.5%をピークを迎えることが中期財政計画で示されています。これは、現在の久喜市の地方債残高水準が、返済不能に陥るような危険な状況にはないことを示しており、過度に不安を煽るような情報には、冷静に向き合っていただきたいと思います。
久喜市の財政状況の捉え方
「とはいえ、貯金を切り崩したり、借金したりしていて、今後の久喜市の財政は本当に大丈夫なの?」
と思う方も多いのではないでしょうか。財政に関するネガティブな報道が増えれば、こうした不安を抱かれるのは、もっともなことだと思います。その上で、わたしが必要以上に悲観しなくてもよいのではないかと考えています。その理由の一つに、「久喜市には、まだ一定の“稼ぐ力”がある」という点があります。
久喜市の一般会計歳入において、市税収入はおおむね260億円前後で推移しており、歳入全体の中でも大きな割合を占めています。人口規模に対して、市税が比較的安定して確保されていること、また急激な税収減少が起きていないことは、財政運営上の重要な下支えになっていると感じています。
ここで言う「稼ぐ力」とは、無理な開発で一時的に税収を伸ばすことではありません。経済活動と人口規模を背景に、一定の自主財源を継続的に確保できている力のことです。その意味で久喜市は、現時点では、借金の返済と行政サービスを同時に維持できる体力を、まだ失ってはいないと考えています。
ただし、これは決して楽観を許す状況ではありません。中期財政計画を見ても、今後は税収の大幅な伸びが見込みにくい一方で、扶助費や公債費といった経常的支出の増加が想定されています。経常収支比率も、将来的にさらに上昇する可能性が指摘されています。
つまり、「稼ぐ力があるから大丈夫」という単純な話ではなく、今後はより慎重な財政運営が不可欠な段階に入っている、と思っています。
地方債増加の背景にあるもの
そのような中で、令和8年度の一般会計当初予算では、総額約851億円のうち約220億円を地方債に頼る予算案が示されることとなりました。今後、「地方債依存が高まっている」という指摘が出ることは間違いないでしょう。
しかし、地方債や基金の活用は、本来、将来にわたって利用される公共施設の整備費用を、世代間で分かち合うための仕組みです。単純に「借金=悪」「貯金の取り崩し=問題」と短絡的に評価することはできません。
実際、今年度の地方債発行の内訳を見ると、新ごみ処理場および余熱利用施設、公園の一体整備に約180億円、そして学校施設の老朽化対策に約26億円が計上されており、わたしたちの将来にわたる生活基盤を支えるインフラへの投資が理由であることがわかります。
新ごみ処理場については、老朽化した市内4か所のごみ処理施設をどう再編・更新するかという問題に対し、菖蒲地区が受け入れを決断してくれたことで、ようやく市として一体的な整備に踏み出す条件が整いました。学校施設についても、多くの校舎が同時期に建設された結果、現在一斉に老朽化の時期を迎え、外壁落下などの事故リスクが現実のものとなっています。
地方債を発行してまで、いまこれらの事業を進めたのは、短期的な人気取りや場当たり的な判断によるものではなく、合併以前からこの地域が抱え続けてきた構造的な課題への対応の結果であり、長年積み残されてきた政治課題に、いま責任をもって着手している結果だと捉えることができるのではないでしょうか。
政治課題は、一朝一夕で解決できるものではありません。数年、あるいは十数年単位で議論と調整を重ねた末に、「今やらなければ、将来さらに大きな負担になる」という局面が訪れます。そうした中で、地方債残高や基金残高の増減だけを切り取り、「借金を増やした責任は誰にあるのか」と責任追及をすることが、どれほど建設的な議論と言えるのか、わたしには疑問があります。むしろ問われるべきなのは、「将来世代に過度な負担を残さないために、いまの判断が妥当なのかどうか」という視点ではないでしょうか。
久喜市はいま、地方債発行を増やしながらも、避けて通れない投資的事業に取り組んでいる局面にあります。数字の一面だけで善悪を決めるのではなく、その背景にある時間軸と政治判断を、冷静に見つめる必要があると考え、このような整理を行いました。わたしの見方が100%正しいなどとは思っていませんが、市民の皆さまには、「こういう見方もあるのだ」という一つの材料として受け取っていただき、多角的な視点で、いまの久喜市政を評価していただけたら幸いです。
もし、「なるほど」と思っていただけたら、「いいね」を押していただけると、励みになります(笑)。
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