保守とは何か —— 声を上げない責任のかたち
地方議員として活動していると、その活動内容や立ち位置から、市民の皆さんによって自然と線引きされ、「保守」「革新」と色分けされていくことを感じます。
現在、私は久喜市議会内では最大会派に所属し、日頃活動をご一緒している方々も、一般的には「保守」に分類される方が多いように思います。しかし、選挙に出てからこれまで、私は「保守とは何か」を自分の言葉で明確に説明できたことがありませんでした。また自分自身を、保守系か革新系かと、はっきり決めつけたこともありません。
ただ最近になって、ようやく少しずつ、自分が政治の世界で担っていきたいと考える役割としての「保守」を、言葉として説明できるようになってきました。その整理として、この文章を書いています。
会合の現場にこそ、保守の本質がある
「保守」と聞くと、
変化を嫌う、古い価値観に固執する、改革に後ろ向き――
そんなイメージを持つ人も少なくありません。
しかし、本来の保守とは、単なる現状維持ではありません。保守とは、社会や組織が、なぜ今の形で成り立っているのかを理解し、過去から現在に至るまでの連続性を大切にしながら、現実を前に進めていく姿勢なのではないかと、思うようになりました。
PTAの会合、自治体の会合、地域団体やサークルの会合。
どんな場でも、必ずさまざまな意見が出ます。
感情的な批判、理想論、現実を無視した要求。時には、誰かを責める言葉や、場の空気を荒立てる発言もあります。
そのとき、役員や責任ある立場の人間が、声高に正論を叫び、相手を論破することが、果たして「前進」になるでしょうか?
むしろ、保守的な人間とは、文句を言われても、批判を受けても、感情で返さず、表では耐え、裏では丁寧に調整し、関係を壊さず、組織を荒立てず、それでも少しずつ物事を前に進めていく人だと思います。
SNSで人気を集めるわけでもない。派手なパフォーマンスをするわけでもない。しかし、人知れず動き、結果として前に進んでいる。それが、保守の役割なのだと感じています。
保守とは「壊さずに変える」思想
保守は、変化を拒む思想ではありません。むしろ、壊さずに変えるための思想です。
急激な改革は、しばしば分断を生みます。そして分断は、社会の力を弱めます。
だからこそ保守は、連続性を重視し、合意を積み重ね、時間を味方につけながら、現実的に変化を積み上げていきます。
それは、地味で、目立たず、時に「何もしていない」と誤解される道かもしれません。しかし、社会を持続させるためには、この姿勢こそが欠かせないのではないか、と感じているのです。
政権与党とは何か
政権を担うということは、理想を語ることではなく、社会を止めずに「回し続ける」責任を負うことです。
批判に耐え、利害の異なる人をつなぎ、制度と現実の間を調整し、静かに、しかし確実に前へ進める。
それができるのは、人としての信用を積み重ねてきた者だけなのではないかと思います。
保守とは、声を張り上げる人ではありません。人を動かし、組織を動かし、社会を前に進める人の姿勢です。
そして政権与党とは、本来、そうした人間たちでなければ担えない立場なのだと、私は考えています。
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