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15年前の今日、東日本大震災が起きました。

震災で犠牲になられたすべての方々に、心より哀悼の意を表します。

あの日、私は都内にいました。

突然の大きな揺れ。交通機関は止まり、帰宅することはできませんでした。

当時、わたしはコンサートチケットなどの販売システムを提供する会社で、営業部門の責任者を務めていたのですが、システムを収容しているデータセンターが東北にあったため、頭によぎったのは、

「データセンターの電源供給は大丈夫かどうか」

ということでした。

家族や部下の安否が確認できたので、帰宅困難者で溢れかえる駅周辺を見ながら、帰宅を諦め、四ツ谷のオフィスビルのロビーで、携帯電話とパソコンの充電が続く限り仕事を続けていました。

その時は、まだ何が起きているのか、よく分かっていませんでした。

翌日、ようやく電車が動き、昼過ぎに帰路につきました。

東京から久喜市まで電車に乗りながら、車窓から外の様子を眺めて、地震の影響を確認していました。

車窓から見る普段と同じような景色に、少し違和感を覚えました。

屋根が壊れている家が、ところどころにある。しかも北に向かうにつれ、その数は増えていきました。

そこで初めて、ただ事ではないことが起きていたのだと実感しました。

帰宅してテレビをつけ、流れてくる映像を見て、言葉を失いました。

巨大な津波にのみ込まれていく街。
積み上がっていく犠牲者の数。
原発事故のニュース。

あまりにも現実離れした光景に、ただ呆然とするしかありませんでした。

さらに、わたしの住む久喜市では、液状化現象によって住宅が倒壊した地区がありました。日常が一瞬で一変した地域の人たちの姿を見て、ただただ無力感を感じたこともありました。

そして、震災から少し時間が経った2012年9月。

わたしは、桑田佳祐さんの全国ツアー
「桑田佳祐 LIVE TOUR 2012 I LOVE YOU -now & forever-」
の仕事で、ツアーの全公演に携わることになりました。

桑田佳祐さんがツアー初日に選んだのは、被災地・仙台でした。

あの日、会場となった「セキスイハイムスーパーアリーナ(グランディ・21)」は独特の空気に包まれていたように感じます。

きっと多くの人が、それぞれの想いを胸に、その場所に集まっていたのだと思います。

わたしは、いつもコンサートの仕事に携わると、開演後は必ずお客様たちの顔を見るようにしていました。

わたしが自分の担当の仕事を終え、場内に入ると、そこで歌われていたのは「Let’s try again」。

「被災地に支援を! 日本中に元気を!」をテーマに、桑田佳祐さんが制作したチャリティーソングです。その歌には「またここから始めよう」という強いメッセージが込められていました。

わたしは、いつも通りステージではなく、観客席を見ました。
すると会場のあちこちで、イカついオジさんたちが涙を流しながら、拳を思いっきり突き上げていたんです。

あの日、仙台の会場で見たその光景は、悔しさや悲しさを乗り越えようとする決意と、消えない心の傷の狭間でもがき、それでもなんとかして前を向こうとしている、強い人間の姿だったのだと思います。

震災から15年。

時間が経つにつれて、あの日の記憶に触れる機会は少しずつ減っているのかもしれません。

だからこそ、今年も3月11日は「Let’s try again」を聴いて。

震災で亡くなられたすべての方々に、改めて心より哀悼の意を表します。

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